【宮崎出身】ピアノで2000本安打!青木宣親選手の 打撃センスの意外な秘密!

青木宣親選手2000本安打の秘密

こんにちはゆり菜です。日米通算2000本安打を達成した、宮崎出身の青木宣親選手が、ヒットを量産する打撃センスが培われたのは、幼いころだといいます。

大学の体育学部出身だった青木選手の父親の人志さんが、ピアノ教師の妻香澄さんに「子どもたちにピアノを教えてほしい。

スポーツにはリズム感が大切だから」と頼んだそうです。

ピアノでセンスを磨く!

両手の指を別々に動かすピアノ演奏は、感覚を刺激するというのが理由だそうです。

「今でも弾けるはずですよ」と母親の香澄さん。その影響なのか、右利きの青木選手は小3の時、自ら左打者に転向しました。

青木選手が野球を始めるまでの経歴

野球は4歳の時、兄2人の影響で始めたそうです。小学時代は県大会で優勝したが、中学では目立った実績がなく、宮崎の日向高校では野球部入部に1カ月もかかったそうです。

「ラグビー部で活躍する兄2人を見て迷っていた」と父親の人志さん。

『青木選手の大記録達成に「ほっとした」と話す父人志さんと母香澄さん。自宅には青木選手のトロフィーや盾が所狭しと並ぶ12日正午前、宮崎県日向市』

中学時代の先輩が野球部に強く勧誘し、やっと決断したそうです。

ただ、「必死ではなかった」という野球への姿勢。それを悔いたのか、大学から人が変わったように練習に打ち込んだそうです。

早稲田大3年の時に公式戦デビューし、東京六大学リーグ戦で首位打者を獲得しました。その後プロ野球選手となりました。

まとめ

野球とは正反対に見えるピアノが実は、野球に深く関わっていたなんて、何が幸いするかわかりませんね!

父親の人志さんの読みが見事に的中して素晴らしいですね。ラグビーをやっていたら今の功績は無かったのかも?と思うと、人生どこでどうなるのか本当にわかりませんね。。。青木選手だったらラグビーでも活躍したかもしれませんね〜

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『出典:西日本スポーツ

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